阪神・淡路大震災後に建設した「紙の教会 神戸」(1995)が10年間で台湾の被災地に移設され、複合的な教会施設として生まれ変わった。全体の配置計画は、中央に多目的なイベントのための大きなコートヤードを囲み、事務棟と司祭関連棟を連結する要として円形プランの聖堂を置いた。元の教会の内部の雰囲気を残すため、形態的には聖堂としての空間のヴォリュームと高さを十分に確保しつつ、近隣の低層の住宅に配慮し、頂部のない逆円錐形を傾けた形状とした。鉄骨造でかたちづくった逆円錐形の中には、鼓のかたちのように膜を張り、元の教会のように自然光を十分に採り入れた。膜面には、外壁に帯状に入れられたガラス窓により、光と影の変化によって、時間を視覚化できる空間をつくった。内壁には、元の教会では主要構造として楕円状に配置されていた直径30cmの紙管の代わりに、今度は吸音材として直径5cmの紙管を仕上げに使った。











